起業編 第3話「面接(前編)」

山之辺伸弥が阿部と会った翌日。

人材紹介会社である株式会社バリューフェス・キャリアの溝口香里から、山之辺は、美月林業取締役人事部長との面接設定ができた旨の連絡を受けた。

そして、約束の日、新宿駅南口の指定された待ち合わせ場所に向かった。

その日も、まだ照り付ける太陽がまぶしかった。

約束の時間15分前ではあったが、株式会社バリューフェス・キャリアの阿部洋次社長は、既に、照り付ける太陽の下で、山之辺を待っていた。

「お待たせして申し訳ありません。本日は、阿部社長御自ら、私の面接にご同席いただき、誠に恐縮です。」

山之辺は、丁重に礼を述べた。

阿部は、今日もまた、しっかりと山之辺の手を握って強い握手をすると、自分が先に立って歩きだした。営業マン出身の阿部と、山之辺の歩く速度は、非常に速い。

2人は、新宿駅南口から、甲州街道沿いに幡ヶ谷方面に歩き、美月林業本社ビル前に立った。

「少し早いですが、もう入りましょう」

阿部は、そういうと、ビルの中に速足で入っていった。

さて、それより、45分前。

美月林業本社ビルの取締役フロアー。

取締役営業本部長室から、美月林業取締役人事部長の神崎健一は、自分の役員室に戻った。この後、株式会社バリューフェス・キャリアから紹介されてきた、山之辺伸弥の面接にどう対処するか、営業本部長と協議した後だった。

美月林業は、他の住宅メーカーと同様、常に営業の販売力ある中途戦力を、様々な人材紹介会社経由でリサーチさせていた。

しかし、まさか、住宅業界最大手 積山ホームのトップセールスマンが、紹介されてくるとは思わなかった。阿部からの紹介の連絡を受け、山之辺の履歴書と職務経歴書を受け取ると、神崎は、すぐに人事部を総動員し、統括営業本部の競合企業調査担当が収集している、積山ホームの内部資料を調べさせた。

驚いたことに、山之辺の名前は、過去3年間の積山ホームの様々な社内報に掲載されていた。

新卒入社の年に、既に、積山ホームの営業マン10,000人のうち、トップ100人が掲載される「1ページクラブ」に名を連ね、表彰を受けている。

新卒新入社員で、積山ホームの「1ページクラブ」に入ったのは、はじめてであると、積山ホームの社内報が、山之辺を写真入りで称賛する記事を掲載していた。

そして、驚くことに、その翌年。つまり、入社2年目に、山之辺は40億円以上の売り上げを計上して、全店1位の表彰を受けていたことが、美月林業人事部で確認された。

積山ホームの営業マンは、平均で1人あたり、年間2億円を売るといわれている。その強者ぞろいの積山ホームで、入社2年目の24歳の若者が、単独で40億円を売って、トップセールスマンになったというのだ。

一体、どうしたら、住宅メーカーで、こんな売上高をあげることができるのか?

神崎は住宅メーカーの人事教育を預かるトップとして、山之辺に強い興味を抱いた。

それだけではない。更に驚異的な積山ホームの社内資料を、美月林業人事部は発見した。

積山ホームは、関西を発祥とする三洋証券を主幹事証券会社とする、三洋銀行系列の企業である。その三洋銀行は、系列の企業の稼ぎ頭でもある、積山ホームの強力な営業力を、科学的に強化することに力を注いでいた。

そこで、三洋銀行の傘下のシンクタンクである、三洋総合研究所が、非常に優秀な銀行出身のコンサルタントを集めて、積山ホーム専用の「住宅システム営業プロジェクトチーム」を結成し、積山ホームの営業マン教育にあたっていた。これは、業界でもよく知られていることだった。

このプロジェクトチームは、個人のトップセールスの営業ノウハウを集め、更に個人顧客が住宅を建てるときの心理を研究して、科学的に最も効率のよい営業手法を編み出し、営業マンを科学的に教育しているという評判だった。さすがに、この教育ノウハウは、美月林業も入手できていない。

神崎は、その営業教育システムの全貌を知り、自社の営業教育に活かしたいと常々考えていた。

この「住宅システム営業プロジェクト」の成果を競い合う営業コンテンストが、積山ホーム全営業マン10,000人をベースに行われている。山之辺は、入社初年度で、このコンテストで最優秀表彰を受けていたのだ。

つまり、これから面接に来る、山之辺伸弥という漢は、単に猛烈な営業マンなのではない。三洋総合研究所という銀行系シンクタンクが、業界トップの営業ノウハウを有すると、お墨付きを与えた人物ということになる。

しかし、これほどの人物が、何故、積山ホームを退職したのであろうか?

美月林業に面接に来るということは、住宅メーカーに嫌気がさしたわけではなかろう。

先ほど、神崎から相談を受けた、取締役営業本部長は、身を乗り出した。

「何としても、その求職者を採ってほしい。久々の大物のヘッドハンティングじゃないか。」

こう言われて、営業部長室を後にしてきた神崎だった。

しかし、人事畑を長年歩いてきた神崎には、どうも、この案件には、ひっかかるところがあった。

これまで何人か、紹介されてきた人材を採用した経緯がある、株式会社バリューフェス・キャリアであったが、今回に限っては、営業担当ではなく、社長の阿部洋次が、直接、神崎に電話をしてきた。

紹介をしたい人材がいる、というスタンスではない。完全に紹介してやるという、かなり上から目線の話し方で、強引に、取締役人事部長である神崎との直接面接を、山之辺の一次面接に設定しろと、主張してきたのだ。

そして、紹介の条件は、自分が面接に同席をすることだと言い張ってきた。

勿論、阿部洋次が、単なる中小の人材紹介会社の社長であれば、神崎も要求を突っぱねたかもしれない。

しかし、阿部には、株式会社バリューフェス・キャリアの社長という顔の下に、一部上場企業 株式会社バリューフェスの取締役という、もう一つの顔があった。

株式会社バリューフェスは、NTTドコモと、携帯やスマートフォンマーケットを競い合う、株式会社スマートバンクのカリスマ的創業者「金孫文」の盟友 大井川秀樹が創業した通信系販売会社である。

創業1981年。創業から8年で、ジャスダック上場を果たしたという、上場日本最短記録を作った、急成長ベンチャー企業であった。大井川秀樹の経済界での影響力も、相当に大きい。

そして、経済界のうわさによれば、株式会社バリューフェスの大井川秀樹の次期社長の座を、いま、副社長の坂田将と、取締役の阿部洋次が、争っているという。

つまりは、阿部は、通信販売会社大手の株式会社バリューフェス 代表取締役になりえる立場にある人物ということだ。単なる、子会社の人材紹介会社の社長ではない。

美月林業という、大企業の取締役人事部長である神崎は、ヒトを人物の大きさよりも、肩書や、地位で見る癖がついていた。

そんな神崎からすれば、阿部は無碍にはできない人脈の一人であった。

事実、阿部洋次は、美月林業の神崎の、そんな大企業の役員らしい性格を見抜いて、神崎に、山之辺を紹介したのだ。

ただ、それにしても、何故、阿部は、わざわざ、紹介者の面接に自ら同席をするなどと言ってきたのか?

神崎には、わからなかった。

他の住宅メーカーに、紹介手数料をアップして、山之辺を売り込む算段か?

株式会社バリューフェスの社長候補とも言われる漢が、そんなチンケなことをするはずはないが、神崎健一という男は、人事という自分の歩んできた畑の中からの風景でしか、モノゴトを考えられないタイプの人物だった。

その時、人事部から、神崎の役員室に内線が入った。

神崎は、時計を確認すると、ぐるぐる回っている思考を止めて、山之辺の書類をまとめると、足早に、阿部と山之辺を待たせてある役員応接室に、向かった。

阿部洋次が同席した、山之辺伸弥の面接がはじまる。

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