第4話「面接(後編)」

これまで、美月林業の人事面接が、取締役会議室で行われたのは、旧美月財閥系の銀行から送り込まれる、役員待遇で入社する人物の入社面接に限られていた。

美月林業取締役人事部長の神崎健一は、その役員会議室の重厚な椅子に、株式会社バリューフェス・キャリアから紹介されてきた、一介の営業マンに過ぎない山之辺伸弥を前に、満面の笑みを作って座った。

山之辺の隣には、株式会社バリューフェス・キャリア代表取締役の阿部洋次が、無表情で影のように、豊かな椅子に深く腰をかけて座っている。

山之辺は、立ち上がり、丁重に神崎に挨拶をした。

「この度は、神崎取締役に直接お時間を賜り、大変光栄に存じます。山之辺伸弥と申します。よろしくお願いいたします。」

丁重な言葉遣い。
しかし・・・。
笑みを浮かべた目の奥は、全く笑っていない、神崎はそう感じた。

履歴書を見ていなければ、この漢の年齢は、判断できないだろう。年をとっているのか、若いのか、わからない複雑な雰囲気を醸し出している。

美月林業にいる、住宅販売の若手営業マンとは、全く異質だ。

落ち着き払った態度の中に自信をみなぎらせている。あえていえば、百戦錬磨の不動産有効活用を提案する建託系企業のトップセールスマンや、外資金融系のプライベートバンカーに近い雰囲気の持ち主だった。

丁寧な言葉の奥に、この漢を裏切れないと感じさせる威嚇を隠し、笑いを浮かべた目の奥には、鋭い知性が火花を散らせている。

なるほど、この漢は、確かに、売るな。

長年、住宅営業の人事部で、数限りない営業マンを見てきた神崎は、この段階で、山之辺の風貌に舌を巻いた。

美月林業の、同年代の営業マンが束になってかかっても、この漢の営業を真似することはできないだろう、と神崎は感じた。面接のスタートの1分間で、完全に、山之辺は、熟練の人事マンである神崎に、圧倒的な営業力を、見せつけていた。

熟練の人事部長である神崎は、危うく山之辺の放つ「気」に気圧されそうになるのを押さえて、面接のモードに自分を引き戻した。

その神崎の様子を、山之辺の隣に座った阿部は、静かに観察している。

「山之辺さん。こちらこそ、弊社にご興味をお持ちいただき、ありがとうございます。山之辺さんの業績については、阿部社長から、重々お聞きしております。素晴らしい実績を、天下の積山ホームで残されましたね。

是非、その実績をあげられた、山之辺さんの方法論を、今日は、お聞かせください。」

山之辺は、どこからでも突っ込んで来い、という気持ちを笑みにして、眼で応えた。

「まず、山之辺さん。あなたは、積山ホーム新卒入社3年目というご年齢で、この2年間、年商40億円という実績を、連続であげられてきています。

私ども、注文住宅の現場の感覚では、一戸建ての住宅の顧客単価は、4000万円程度ではないかと思います。そうすると、あなたは、年間100棟の受注成績を連続であげたことになります。私の感覚は、間違っていませんか?」
神崎は、ここで山之辺の反応を待った。山之辺は、神崎の目をまっすぐに見て、答えた。

「そうですね。おそらく、美月林業さんの戸建て住宅は、客単価で4000万円程度かと思います。
ただ、積山ホームは、プレハブ工法メーカーですから、客単価は、もう少し安くなります。3000万円程度です。
積山ホ-ムでは、注文住宅の場合、住宅本体の受注に加え、解体や建築確認申請手続き費用、更に、地耐力調査などの費用も営業成績にカウントされます。
また、照明・カーテン・冷暖房や、家具などのインテリア販売も、営業成績になります。

営業マンの中には、このような細かい営業を怠る人もいますが、私は、細かく、営業をしていましたから、結果的にお客様が住まいを新築されるに必要なものは、すべて私から買っていただいていました。その結果、私の顧客販売単価は、総額で4500万円程度になっています。

従って、年間90棟程度の受注で、40億円以上の成績を出していました。」

神崎は、これを聞いて、内心で驚いた。

90棟もの受注をあげるとすると、営業マンは、普通、本体建築物の契約後は、設計や現場の社員に顧客を任せ、自分は顧客から距離をとる。建築営業では、契約後に顧客と人間関係を維持すると、クレームを引き受けることにもなりかねず、その場合、営業の足がとられる。それを成績志向の営業マンほど、嫌うのだ。

照明・カーテン・冷暖房や家具などのインテリア受注は、建築が進んでから、顧客が検討を行う。従って、それを受注しようとすると、現場で出るクレームに営業が巻き込まれるのを営業マンは恐れる。だから、インテリア受注を捨てるのだ。

クレーム産業と言われる住宅建設業の場合、営業マンは、営業の時に口にしていたことが、現場で矛盾を引き起こすのを恐れる。

そのため、成績の高い営業マンほど、インテリア受注を倦厭する。山之辺は、おそらくは、自分の営業姿勢に自信を持っているのだろう。

だからこそ、契約後も堂々と顧客と関係を持ち、丁寧な顧客フォローをしていた。それが細かいインテリア販売も自分の数字にしていたことに現れているし、おそらくは、山之辺のそのような誠実な営業姿勢を顧客は信頼して、顧客からの紹介も出たことだろう。

山之辺は、神崎が次の言葉を出す前に、話を続けた。神崎が、次に聞きたい話の内容は、もう予想がついていた。

「私は、年間の受注を、ほぼ、コンスタントに毎月7棟から8棟のペースであげていました。

顧客の販売資料の構成は、住宅展示場の来客が3分の1。銀行さんからのご紹介が、3分の1。あとは、私の独自のルートで開拓したご紹介案件が3分の1。こんな構成です。」

神崎は、頭の中で、美月林業のトップセールスの営業行動と、山之辺のそれを比較していた。

「山之辺さん。まず、住宅展示場の来場資料ですが、あなたは、今のお話ですと、住宅展示場の顧客で、毎月2棟から3棟くらいやっていたということになりますね。

積山ホームさんの場合、三洋銀行さんがバックについていますから、銀行紹介では、結構、いい土地の有効活用系の案件が来ていたのではないかと思います。また、あなたなら、確かに独自の開拓や紹介案件などもとれるでしょう。

あなたほどの成績を出していれば、三洋銀行も、積山ホームも、あなたに、失敗できない銀行紹介系の優良な案件を、多く回すのは理解できますし、お客様からの固い紹介もかなり出ると思います。
それをベースに、銀行紹介の土地有効活用の営業物件を、月に2棟から3棟、そして、独自のルートの案件も結構やれるでしょう。そこまでは、私もわかります。

しかし、住宅展示場の来客では、一棟の展示場の来客で、個人の営業マンが月に3棟づつ毎月とるのは、至難の業ではないですか?
当社の場合など、一つの住宅展示場で、月に1件程度しか受注が出ないものも多数あります。

住宅展示場の顧客の場合、銀行紹介案件と違い、顧客が建築するのかしないかの温度を見抜くことができないでしょう。これをどうやって、効率的に見抜くのですか?」

山之辺は、口角をあげ、眼を細めた。

この質問は、山之辺にとって、これまで、積山ホームの後輩や、三洋総合研究所のコンサルタントから、幾度となく投げかけられた質問だった。

この答えを言うときが、山之辺にとって、最も至福の時だった。

「実は、私は、住宅業界に精通されている方とお話をすると、いつも、それを指摘されます。

私は、住宅展示場に来場されたお客様に対する成約率が、5%あったのです。」

神崎は、一瞬、山之辺が何を言っているのか、よくわからなかった。自分の頭で、山之辺の応えを反芻し、その驚異的な内容に気づくまでに、数秒を要した。

「なに?
もしかして、あなたは、積山ホームの住宅展示場の来場者20組のうち1組の割合で、数千万円する自社の注文住宅の受注に結びつけていたというの?」

「はい、その通りです。私は、完全に、自分が担当した顧客を自分の顧客管理台帳で管理していました。対応した顧客の5%を確実に決めていました。」

全国の住宅展示場の来場者に対する注文住宅受注率は、1%程度と言われている。
100組の来場者があって、1組が受注できるというのが、全国平均だった。この漢は、その5倍の受注率を持っていたということになる。

それであれば、確かに、この漢の驚異的な業績は、達成できるかもしれない。そして、そのような驚異的な営業力を持っている社員であれば、会社も、銀行の優良案件も任せるに違いないし、紹介も多数出るだろう。この受注率を出すには、営業力に加え、相当な企画提案力や、資材のネゴする力、そして建築工事を請ける下請け業者への調整力がいる。それを、建築設計部門の担当者に任せていたのでは、到底、顧客の予算や希望を満足させる、建築は不可能だからだ。

圧倒的な、顧客ニーズのヒアリング力と、不動産コンサルティングの力、企画力、そしてネゴシエーション力があるに違いない。

これは、サラリーマンという領域を遥かに超えた、自営業者の建設会社のやり手社長に匹敵する力を備えている人材なのだ・・・、神崎は、そう直感した。

一方、隣に腰掛けている阿部は、山之辺と神崎の問答を静かに聞いていた。

住宅営業の世界を知らない阿部は、その世界に精通する神崎の反応を見ながら、山之辺が、いかに、稀有な能力を持っているのかを、推し量っていた。

まさに、それこそが、阿部の、狙いだった。

阿部は、既に、自分の頭の中で、山之辺を自分のビジネスに巻き込む作戦のストーリーを組み立てていた。

株式会社バリューフェスの取締役であり、そのカリスマ経営者である大井川秀樹の腹心を自負する阿部にとって、バリューフェスの子会社である、株式会社バリューフェス・キャリアの人材紹介事業の手数料収入など、とるに足りないものだった。まさに、阿部が、わざわざ、人材紹介の面接に立ち会っているのは、その紹介している山之辺を、住宅業界の熟練の人事部長に面接させて、その力量を探るために他ならなかった。

つまり、阿部にとって、この面接自体が、最初から「当て馬」だったのだ。

このくらいのしたたかさがなければ、日本のベンチャー企業の中で、最短のスピードで上場を果たした株式会社バリューフェスの創業者である大井川秀樹の腹心の役員まで登りつめることなど、出来なかっただろう。 

効きすぎる冷房から身体にあたる風も忘れて、阿部と神崎は、それぞれが、頭脳を酷使してそれぞれの次の手を考えていた。


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