韓国クラウドビジネス編 第2話「商機」

空は晴れ渡っていた。

国際展示場駅から、東京ビックサイトに向かう路を、その上空から眺めたら、あたかも、ヒトの流れが、蛇の進む姿に見えるに違いない。

その蛇の列の中に、今日は、山之辺伸弥もいた。

宙に浮かぶ巨大な島のような東京ビックサイトの中にその列は吸い込まれて行く。目的の展示会場に、山之辺もまた速足で進んでいた。

展示会場に入り、入り口で受け取った会場の図面を頼りに、山之辺は、目的の企業の出展ブースを探す。

韓国企業がまとまっているエリア。

そのブース群の中で、とりわけ、大きな面積を占め、原色をベースにした派手な色彩のブースを山之辺は見つける。

色白でスマートな若い韓国人の女性たちが、際どいミニスカート姿で、顧客をブースに呼び込んでいる。

韓国の有力財閥企業のひとつ、GLグループに属する、GLU+社(ジーエル・ユー・プラス社)が出展するブース。

そのブースを山之辺は覗き込み、一人の中年の韓国人男性を探した。

顧客を相手に、弾丸のように韓国語で話す若手の韓国人男性社員の横。その男性と、日本人の来場者の間に入り、相互の話を通訳している。その通訳の男性が、商談通訳を終わるのを見計らい、山之辺は、彼に声をかけた。

「李 光名さんですね。はじめまして。
株式会社旅行創造の大西部長からご紹介をいただきました、株式会社バリューフェスの山之辺と申します。」

男性は、山之辺を観て、健康そうに日焼けした顔に満面の笑みを浮かべた。

「山之辺さん、ね? 待っておりました。大西さんからお電話をいただいて。ここの場所、すぐに、おわかりになりましたか?」

韓国語訛りではあるが、流暢な日本語で、山之辺に向かって、人懐っこく、李は挨拶をした。

「お昼のお食事でもご一緒しましょう。私、ちょうど、今、昼休み、とる時間だから。」

李は、GLU+の社員に軽く挨拶をすると、ブースから抜けた。

そこから、数日前に遡る。

山之辺伸弥は、バリューフェスに入社すると、すぐに、自分の人脈に入社の挨拶回りをはじめた。

前職の上司・同僚・後輩。
そして、前職の業者。
前職時代の、顧客。

とにかく、知り合いにすべて連絡をとり、会ってくれる人、すべてをリストアップし、アポイントをとって、次々に訪問し、新しい名刺と会社概要、事業案内を配っていった。

新入社員時から、積山ホームに在職して3年。

短い間ではあったが、トップセールスマンとして、あらゆる機会を捉えて、積み上げた人脈が山之辺の最大の武器である。

今回、山之辺が転職の挨拶で、連絡をとった人は、500名を軽く超えた。

新たなビジネスステージに入るときは、どんな人が、役立つかはわからない。とにかく、まずは、知り合いに会いまくり、そして名刺を配り、会社と事業案内を渡し、新たなビジネスについて話す。

その人たちの話を聞いて、情報を伝え、一方で、相手から情報を引き出す。その情報が次第に溢れ出す、その混沌とした泥の中から、新たなビジネスの芽が、蓮の花のように見事に開花する。

山之辺は、先入観を持たず、謙虚に挨拶をした人の話に耳を傾けた。そして、その人たちから、更に、知り合いを紹介してもらい、その知り合いにも会っていった。

こうすると、会う人の数が、幾何級数的に膨らむ。500人が、すぐに、倍に膨らみ、三倍・四倍と成長してゆく。

さて、今回、その山之辺の活動の中に、山之辺が、積山ホームで、ちょうど1年前に、専用住宅を受注して建設した、ある顧客の男性がいた。

建設受注当時の山之辺の個人の手帳の中に、その顧客 大西春樹の連絡先の情報が記載されていたのだ。

新築から1年を経過した、大西にアポイントをとり、大西が自宅に帰宅した、平日の夜8時。山之辺は、大西の自宅を訪問した。山之辺が受注し、注文住宅として1年前に引き渡した、大西の持ち家である。

大西は、幸せそうに新居で暮らしており、山之辺の来訪を家族ぐるみで、歓迎してくれた。

大西は、一部上場の大手旅行社、株式会社旅行創造の企画部の部長をしていた。山之辺の差し出す新しい名刺を見ると、大西は、海外への渡航の際の、手配旅行を株式会社旅行創造に任せてほしいと、まず切り出してきた。

「願ってもいないお話です。おそらく、私ども、海外に非常にたくさん渡航しますので、そのチケットやホテルの手配をお願いできれば、大変、ありがたいと思います。」

山之辺がこう答えると、大西は、それとは別に、旅行創造の添乗員時代から付き合いのある、各国語の外国人ベテラン通訳を、数名、紹介してくれた。

その一人の、韓国語と日本語の通訳が、李 光名だった。

女性が多い通訳の世界にあって、国際会議から個人旅行の案内まで、李は意欲的に通訳する、アグレッシブな韓国人だと、大西部長は、山之辺に、李の人となりを語った。

「とても信頼できるベテランの通訳でね。

旅行社の通訳案内業をするだけでなく、国際会議での国の仕事から、韓国財閥系企業の日本語通訳までね。

ビジネスの場面でも、多くの通訳をこなしているベテラン通訳です。彼なら、韓国ビジネスについて、色々と、教えてくれると思いますよ。」

こう言って、大西は、李に連絡をとってくれた。

山之辺もまた、さっそく、大西から教えられた李の携帯の番号に連絡をとった。

大西から話の概要を聴いていた李は、山之辺との面会場所を、ちょうど、その時、展示会出展のために責任者が来日している、GLU+(ジーエル・ユー・プラス)社が出展する、東京ビックサイトの展示会ブースに指定したのであった。

東京ビックサイトに近い、ホテルニューヨークのイタリアンレストラン。ここで、李と山之辺は、昼食を共にした。

李は、どちらかと言えば、早口で、日本語を話す。外国人でありながら、この日本語の流暢なスピードに感心しながら、山之辺は、李の話を聞いていた。

李は、韓国ビジネスについて、山之辺に話をしていた。

「韓国は、十大財閥が、GDPの相当な部分を占める、財閥中心の経済の国です。学生は、子供のころから、この限られた財閥系の企業への就職を目標に、ソウル大学をはじめとする名門大学を目指し、卒業後に、財閥系企業に入れるかどうかで、その人の人生が決まってしまうほどの学歴社会です。

私は、いくつかの財閥系企業の海外事業の通訳をお引き受けしていますが、財閥系企業の社員の皆さんとお付き合いしますと、彼ら・彼女らは、その他の韓国人とは、全く異質です。

どちらかと言えば、アメリカ人に近い合理的な考え方をします。結婚も、その財閥系企業内で行うのが普通です。彼らは、韓国社会の中で、隔絶されたエリート集団で、その他の韓国人と自分は、全く別の人種だと思っています。反日感情も、全くありませんし、そのほかの韓国人のように、日本を、「日帝」と混同するようなことはしません。

純粋に、よいビジネスの相手になるでしょう。

しかも、彼らは、韓国で反日問題が起きるたびに、ビジネスに支障をきたすことにうんざりしています。

ただ、注意しなければならないこともあります。

もし、山之辺さんが、彼らとビジネスをするなら、何よりも、韓国ビジネスで重要な要素は、スピードです。

これは、韓国人一般に言えることですが、非常に熱しやすく、冷めやすい国民性を持っています。だから、商談が決まるのも、早いですが、こちらが、そのスピードについていけないと、直ぐに冷めちゃう。

こちらも責任者が商談に同席して、スピーディに意思決定をしないと、成功できません。

日本人は、確実に、社内の調整をとって商談の意思決定を行いますが、それは、韓国との関係では、合いません。」

山之辺は、目の前にある食事の器を横にどかせて、メモをとりながら、李の話を真剣に聴いていた。

「ちなみに、李さん。今日、展示会で李さんが商談通訳をされているGLU+というのは、どのような企業でしょうか?

私、GLは、多少知っています。韓国最大の財閥系企業 サムソンに次ぐ、韓国を代表する家電企業ですよね。

そのGLグループの中で、GLU+という企業は、どのような位置づけで、何を商材としているのでしょうか?」

李は、パスタを、うどんを食べるときのように吸い込み、口いっぱいにパスタをほおばりながら、しゃべった。

「GLU+、はね。BtoB向けの情報サービスを中心にビジネスを進めている企業です。

特に、輸出が中心のGLグループの中で、国内企業向けの情報サービスを展開しています。

そのため、今、海外のビジネスユーザー獲得が、その最重要課題になっています。特に、その中でも、日本をターゲットにしています。それで、今回も、日本の展示会に出展しています。

バリューフェスさんは、情報通信系の販売商社ではないですか。そして、山之辺さんの事業部では、海外への進出を模索している。

とても、マッチすると思ったので、ご紹介をしたいと思いました。

勿論、GLU+の商品は、多様な領域に渡っていますから、何が、山之辺さんの事業とマッチするのかまでは、私にはわかりません。

ただ、私、GLU+の役員は来日するときの通訳もお引き受けしていて、偉い方をよく知っています。それなので、もし、山之辺さんが、GLU+と真剣にビジネスの話を進めるなら、これから、幹部をご紹介しますよ。展示会場に、権限を持った営業部長が来ています。

韓国企業はね。下と話をしても、何も決まらない。決定権は、上が独裁している企業ばかりだから、トップと話さないとね。」

山之辺が、是非、お願いしますと、頼むと、李は、早々に会計を自分で済ませ、展示会場に速足で、山之辺を連れて行った。

ハングル語の名刺を山之辺が受け取り、反対に、山之辺が日本語の名刺を差し出した。

李が双方に、お互いの立場を説明する。

相手は、GLU+の、朴部長。名刺には、David Parkと英語でふってある。香港人や韓国人の大企業の社員は、ヨーロッパ人のクリスチャンネームをまねて、自分で欧米人のような名前を自称する。

つまり、朴部長を呼ぶときは、デビットさんと呼び掛けてよいのだ。

メールなどで、相手の女性がエリンさんだの、エミリーさんだのと署名されており、会ってみると、韓国人や中国人であるということに、日本人は面食らうことも多い。

つまり、海外では、本名でなく、ビジネスネームを名乗っていいということで、日本人もパスポートを提示するような事態でなければ、ビジネスネームを使ってよいのだ。

さて、朴部長は、各ブース社員に指示して、GLU+のコーナーを山之辺に紹介させた。

一通り説明を受けた山之辺を、朴部長がブースの外の商談席に誘い、李が通訳につく。

山之辺は、朴部長に、まず、GLU+の、データセンターについて、質問を切り出した。

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