韓国クラウドビジネス編 第3話「ソウル視察出張 前編」

ハロウィンの喧噪も渋谷を去り、寒さが身に染みる季節の、その日。

株式会社バリューフェス 社長室コンサルティング・デビジョン執行役員の水谷隼人と、課長の山之辺伸弥は、羽田空港国際線ターミナルで、朝7時に待ち合わせをしていた。

山之辺は、朝6時には羽田空港に到着し、レストランで朝食を済ませて、水谷の到着を待ちあわせのゲート前で待っていた。住宅メーカーの営業マンだった山之辺は、仕事で、海外に出張するのは、これが、初めての経験だ。

出張が決まると、山之辺は、大学の卒業前に、一人で、アジアを旅して回ったときに作ったパスポートの有効期限を確認。住宅メーカーで、トップセールスを張っていた山之辺には、仕事に入ってから、海外旅行にいくような時間的な余裕がなかったからだ。

山之辺は、GLU+社の営業幹部であるデビット朴部長との人脈を作り、その朴が日本に滞在する間に行った数次にわたる商談を基礎に、ある事業構想の基礎的なプランを立案した。

水谷が、これに対して、GLU+の企業情報調査と、IT専門家の見地からの、ビジネスプランの具体性と現実性・リスク評価についての意見を追加。

そのプランを、取締役デビジョンヘッドの阿部洋次が受け取った。

阿部は、水谷と山之辺に対し、ソウルに出張し、GLU+の現場を確認したうえ、更にディティールの事業計画と採算計画を策定する指示を行った。こうして、水谷と山之辺は、チームを組み、GLU+社との提携の現地調査のため、ソウルに出張することになった。

現地の案内と商談の通訳として、山之辺をLGU+に引き合わせた李光名が、日本から同行する。

水谷、山之辺、そして李の3名は、全員が集合時間である午前7時の20分前には、勢ぞろいした。

午前9時過ぎ。
羽田空港発の大韓航空機は、3人を乗せて、ソウル金浦空港に向けてフライトした。

「うわ! ソウルは、寒いですね。」
山之辺は、ソウル金浦空港から、タクシーに乗るために外に出た瞬間、首をすくめた。

ソウルの冬には慣れている李は、その様子に笑みを浮かべた。
「何しろ、ここは、緯度で、日本の新潟県と同じくらいですからね。東京より、ずっと寒いんですよ。」

ニューヨーク暮らしの長かった水谷も、流石に寒そうだ。
「ソウルは、北朝鮮との軍事境界線である38度線から、近いね。かなり北に位置しているから寒いよね。」

ソウルの空の出入り口には、仁川空港(インチョン)と、金浦空港がある。仁川空港は、いまや、アジア最大級のハブ空港として機能しているが、ソウル市内からは距離がある。巨大空港であるため、LCC(ローコストキャリア)も多く離着陸するが、ビジネスで短時間にフライトする便に乗るには、羽田空港から、よりソウルに近い金浦空港に飛ぶほうが、時間を短縮できるのだ。

李は、外国人相手の、黒い費用の高いタクシーを避け、韓国人が乗る一般のタクシーのトランクに、水谷と山之辺の荷物を積み込んだ。長年、観光ガイドとしても経験を積んでいる李は、こういうことにソツがない。

タクシーは、猛烈なスピードと荒い運転で、ソウル市内に向かう。
車は、漢江(ハンガン)沿いを走り抜け、ソウル市内へと入っていく。

山之辺は、タクシーの窓からの景色に目を凝らし、ハングル文字が躍る看板や、住宅を観ながら、助手席に乗った李に、様々な質問を浴びせかけている。

とにかく、あらゆることに興味を示し、貪欲にソウルの事情を吸収しようとする、子供のような山之辺の好奇心に、水谷は、好感を覚えた。

水谷が、若者の部下を出張に連れてきても、彼らの多くは、出張目的の仕事以外では、スマホをいじりまわし、殆ど、その土地に興味を持とうとしない。タクシーや電車の中でも、東京にいるときと同じように、スマホを弄り回している。そして、食事を味わうよりも、写メで撮影し、友人や、SNSの友達に発信して自慢をすることにしか、興味を示さない。

しかし、それでは、その国の人々の暮らし方や、市場性を把握することはできない。

一方で、山之辺は、はじめて訪れた国の、自分が観るもの、感じるもの、すべてに興味を示し、土地に精通した通訳に質問をしている。このような知的な貪欲性こそが、この漢の、仕事に厚みを与え、自ら考える力を生みだして、成功に導いているのだろうと、水谷は、頼もしく感じていた。

「今日のホテルは、動きやすさの点で、ソウルの中心地の明洞(ミョンドン)にとりました。

GLU+の社員が、明日の朝、9時にホテルに車で迎えに来てくれます。明日は、GLU+のデータセンター内部を視察し、その後、昼食をはさんで、GLU+との商談が組まれています。

今日は、ホテルにチェックインして荷物を置いた後、ソウルの中心部をご案内し、市場の視察のご案内をします。夕食は、明洞か南大門で食べましょう。今日は、ゆっくりして、明日に備えてください。」

李が、そう予定を説明した。

明洞の街並み

「ここが、明洞か・・・。いわば、韓国の原宿ですね。」
ユニクロの旗艦店がそびえる位置から、明洞を臨み、水谷は李につぶやいた。

「まさに、その通りです。ここは、日本の韓流ブーム時代には、日本人観光客のメッカのようなエリアでした。」

李は、水谷と山之辺を連れて、明洞を一回りし、そこから、徒歩で、南大門(ナムデモン)市場に向かった。南大門エリアに入ると、明洞のような日本語で日本人向けの表記を出す店は少なくなり、韓国の庶民が呑む店が軒を連ねる。

李は、その奥に分け入り、ある店の前で立ち止まり、水谷と山之辺を振り返った。

「これ、すごいでしょ? 豚骨です。今夜、これで、酒、やりませんか?私、これが大好物でね。」

店の入り口に、豚骨の固まりが並ぶ、屋台のような店。李は、店の前に立っている女将さんと、親しそうに韓国語で話しだしている。

南大門(ナムデモン)市場 豚足

山盛りに盛られた豚足。
生のニンニクに、青菜と、グリーンの唐辛子。
キムチ。

ソウルの韓国料理の店は、とにかく、おかずが、無料で、席に着くなり、テーブルに次々に出されてくるのが特徴だ。
有料なのは、メイン料理の豚足と酒だけ。
瞬くまに、テーブルを埋め尽くす韓流料理の品々に、水谷も山之辺も、目を丸くしている。

「成るほど。これでは、日本の焼肉店に、韓国の人が入って、少量のキムチでお金をとられたら、びっくりしてしまいますね。」
山之辺は、感心して、次々に放り出されるように、テーブルに運ばれてくる、無料の料理の勢いに圧倒されている。

「しかし、この量の豚足が、日本円にして、2500円でしょ?
これは、安いわ。三人で、これで、十分、腹いっぱいになりますね。」
水谷も、嬉しそうだ。

ビールではなく、李が、ボトルでとった眞露がガラスのおちょこに、注がれ、これで乾杯。
山之辺は、一気に飲み干した。熱いアルコールが、喉を焼く。

店の表示は、ハングルで埋め尽くされ、韓国人たちの、機関銃のような会話で、店は充満する。

「アジア」という言葉が、本当に似合う、山之辺にとって、はじめてのソウルの夜だ。

「これから、面白くなりそうだ」

転職を決意し、バリューフェスに辿り着き、今、ソウルにいる自分。山之辺は、偶然の出会いが折り重なったところに、創り出される必然の運命を、眞露の味とともに、味わい尽くしている。

明日は、いよいよ、山之辺にとっての、初の海外ビジネスの視察と商談だ。

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