韓国クラウドビジネス編 第4話「ソウル視察出張 中編」

株式会社バリューフェスの一行がソウルに到着した翌日。

朝8時に、明洞の入口に位置するロアジールホテルソウルに着けられた黒塗りの現代(ヒュンダイ)製ワゴン車に、水谷隼人・山之辺伸弥、そして通訳案内の李光名が乗り込んだ。運転するのは、韓国の財閥 GLグループに属する、GLU+社の韓国人社員である。

車は、朝の混雑の激しい市内を抜け、漢江(ハンガン)の大橋を渡り、江南(カンナム)エリアへ、と向かう。

李は、車の助手席に座り、運転手と韓国語で話しをしながら、時折、後部座席の水谷と山之辺を振り返り、運転手の話を通訳したり、車窓に展開する景色にコメントを加えたりしている。

車が、漢江を渡り終えた頃、李が、水谷と山之辺に、本日のスケジュールの説明をはじめた。

「今日は、まず、江南にある、GLU+の本社に向かい、営業部長のデビット朴さんとお会いします。そして、デビットさんの車の先導で、GLU+の江南データセンターを視察します。

ここが、山之辺さんが、企画した今回のバリューフェスさんの事業の、キーエリアです。

お昼のお食事を挟み、GLU+の本社に戻り、会議室で、提携の商談となります。お昼は、GLU+から、ご招待をいただいています。」

「ところで、この江南は、日本の東京で例えると、新宿西口や品川のようなエリアです。ソウルの中心地は、今回、我々が宿泊しているソウル駅周辺の明洞や南大門です。大統領府である青瓦台、歴史的にみると李朝朝鮮時代の宮廷である景福宮(キョンボックン)が集中してありまして、その周辺が、ソウルの中心地です。

一方、漢江を渡った南側のエリアは、新しいビジネス街です。」

山之辺は、江南に入った車の車窓から、近代的なビルの立ち並ぶ街並みを食い入るように眺めて、呟く。

「韓国の国旗や、看板がなければ、この街が韓国とはとても思えないな。」

GLU+は、その江南に、高層の建物で本社を構えている。韓国第二の財閥である、GLグループの一角を構成する大企業として、GLU+は、その威厳をこのビルからも、ソウルの街に発信している。

しかし、よく見ると、「超」がつくほど近代的なビルの横の道には、今にも崩れそうな民家の立ち並ぶ路地もある。そこには、貧しい人の暮らしも垣間見れる。

これが、この国の、どうしようもない格差か・・・。
山之辺も、そう感じ取らざるをえない。

日本にいると、日本のメディアは、「韓国人」という、一括りのイメージを発信する。その発信される「韓国人」のイメージは、愚かしいほどに反日的であり、直情的であり、非合理的な人種をイメージさせるものばかりだ。

もう一方で、日本女性向けに発信される韓流ブームの芸能人などの情報は、日本向けに形成された人。エンターテイメントビジネスのバイアスがかかった、韓流イメージに過ぎない。

しかし、少なくとも、山之辺が、今回の商戦で、自分の商談相手として交渉したデビット朴は、どう見ても、日本で報道される韓国人とは異質だった。

ソウル大学の経営学部を卒業し、財閥であるGLグループの企業に入り、30代で部長職まで昇進したというデビット朴との商談を通して、山之辺は、韓国社会の上層部のエリートとは、こういう人たちなのだということを学んだ。

一言でいえば、日本人以上に欧米的な商談の仕方をする。風貌も、言葉遣いも、商談スタイルも洗練されていた。奥さんは、同じく、ソウル大学出身で、こちらも、別の韓国の財閥系企業で働いている。子供は、作らないという。

朴と、山之辺は、共に、韓国と日本のエリートビジネスマンとして、非常によいコンビだった。商談のスピードは速く、しかも、細部に至る綿密な情報に基づくビジネスモデルの構築が、この二人の間では、どんどん進んでいった。

デビット朴のお陰で、山之辺は、阿部取締役に提出した、非常に説得的なビジネスモデルの構築を、スピーディに行うことができたのである。

車がGLU+本社ビルの車寄せに滑り込むと、そこには、運転する社員から連絡を受けて待機していた、デビット朴部長が、満面の笑みで、日本から来た、バリューフェスの一行を出迎えた。

まず山之辺が車の後部座席から降り、朴部長と固く握手を交わし、ソウルでの再会の慶びを交えた挨拶を交わす。李が、水谷執行役員をデビット朴に紹介する。

挨拶の後、一行は、朴が運転する黒塗りのベンツに先導されて、本社近くの、GLU+江南データセンターに向かった。

江南

デビット朴に伴われて、一行は、GLU+江南データセンターの入口から、厳重なセキュリティゲートを通過。朴は、まず、このセンターの心臓部ともいえる、自家発電施設を見せるという。

一部の権限を有するGLU+の社員しか通過できない警備が厳重な入口から、地下に向かうエレベーターホールへ。乗り込んだエレベーターは、地下15階に直通で向かった。

「一体、ここは何だ?」

IT業界に長く、アメリカや日本のデータセンターを数多く見てきた水谷が、まず、驚愕の声をあげる。デ-タセンターという施設自体に入るのがはじめての、山之辺や李も、その光景に目を見張った。

地下15階に建設された巨大な自家発電施設は、まるで軍事施設の核シェルターだ。

見たこともない巨大な発電装置をはじめとする、夥しい設備を前に、日本から来た全員が、言葉を失う。おそらくは、朴も外部者には説明できないセキュリティに関する装置が稼働しているのであろう。

説明をはじめたデビット朴の言葉を、慌てて、李が日本語に通訳する。

「韓国の財閥は、軍事政権時代から、韓国軍の軍需の担い手として、国家とともに成長をしてきました。

GLU+は、現在も、国家、とりわけ、韓国大統領府、韓国政府、そして、韓国軍の軍部の情報基地を担う企業でもあります。仮に、敵国からソウルが核攻撃を受けても、このデータセンターは、それに耐えられる構造となっており、しかも、完全な自家発電によって、クライアントに必要な電気の供給を、仮に韓国が戦争に突入しても、継続することができます。

現在でも、韓国軍は、常に、世界で最も激しいサイバーテロの標的とされております。それに耐えられるセキュリティ体制を、このセータセンターは、GLグループの威信をかけて、維持しています。

この発電施設は、その象徴ともいえるエリアです。

私たちは、日本の民間のデータセンターとは、全く異次元のセキュリティ体制で自己防衛をしています。そのため、この施設は、ソウルという、軍事的には非常にリスクに高い都市にあるからこそ、世界で最もセキュリティレベルの高いデータセンターになっています。」

地下深くに聳える、一般人を拒絶した、核シャルターに護られた巨大な発電やセキュリティ施設は、日本には既に消えてしまった、「財閥」という、軍産複合体の緊張感と威力を、バリューフェス一向に見せつけた。ここが、北朝鮮や中国という、韓国と常に緊張関係に立つソウルというエリアであることを、一行は、再度、思い知らされた気がした。

元来た、エレベーターを使い、地上に戻る。一般のクライアントが使用できるエリアから、朴は一行を、建物上階の、データセンターエリアに案内した。

そこには、今、地下で見た物々しい施設と同じ建物内とは思えないほど、欧米的な空間が広がっていた。

サーバーの稼働を守るための完璧な空調。
業務を行う技術者の効率を考えて、独自設計されたサーバーラック。
技術者のユーザビリティを優先したつくりになっている空間。

更に、建物最上階には、技術者が常駐できるユーザー企業専用のレンタルオフィスが完備されている。レンタルオフィスは、ゆったりとしたフィットネスセンターやレストランが常設され、これも、座りっきりで仕事をしがちな、IT技術者には歓迎されそうだ。

その立場の仕事が長かった、水谷は興奮気味に語っている。

「これは、便利だよね。データセンターは、サーバーを常設する。そのため、何かあった時のために、技術者がすぐに仕事ができるように、企業のハード部門をここにおけるようにしてあるんだね。この構造は、非常によい。これだけの、ユーザビリティの高いデータセンターは、日本では見たことがない。」

水谷も、山之辺も、言葉には出さなかったが、GLU+江南データセンターの、韓国企業とは思えないクオリティとユーザビリティの高さに、内心、驚いていた。

「これは売れる。これを売るためには、ここを、日本人の経営者や技術部門の意思決定者に見せる必要がある。」

山之辺は、既に頭の中に、自分の日本で描いてきた企画に、何を付加すべきかを、考えていた。

昼食は、朴が、予約した参鶏湯(サムゲタン)の有名店でのランチだった。

その和やかな休憩を挟み、デビット朴を上座にする韓国GLU+の海外事業チームと、水谷を上座にするバリューフェスチームが、GLU+本社の会議室で向かい合った。

まず、はじめに、朴が、映像をまじえ、財閥から発展したGLグループの歴史と、現在の規模をプレゼンする。そして、次に、水谷が、大井川秀樹が創業し、日本の東証はじまって以来の短期間で、上場を果たした、株式会社バリューフェスの紹介のプレゼンを行う。

特に、バリューフェスが、通信機器の商社であり、ビリングシステムで、日本企業10万社の企業顧客と取引をしていること。更に、その企業にバリューフェスの営業担当と技術サポート担当が張り付いていること。これに対し、GLU+のメンバーは身を乗り出した。

韓国企業として、日本のマーケットでは、イメージが圧倒的に劣勢故に苦戦を強いられているGLグループとしては、バリューフェスの営業網は、非常に大きな魅力であった。このアピールを通して、山之辺は、自らの描く事業の競争力を確保するコスト面の交渉で、有利な条件を、GLU+から引き出したいと狙っていたのだ。

クラウドビジネスがインターネットサービスの主流となり、そのサービスの提供には、クオリティと安定性が高く、コストが安いデータセンターが不可欠だ。

山之辺の事業計画のプランは、次のようなものだった。

バリューフェスは、GLU+社からGLU+江南データセンターの一角のスペースを一括して纏めて借り受け、同時に、最上階のレンタルオフィスに、サーバーサポートセンターを設置して、サーバーの技術サポートを行う体制を作る。

そして、このエリアを細分化して、日本のIT企業に、サポート付データセンターとしてレンタルする。

水谷は、この山之辺の事業計画の現実性を検証するため、自分の古巣の大手企業 日本IGMの技術者に依頼し、東京とGLU+江南データセンターの間のデータ通信速度や通信量を検証した。

日本と韓国の間の通信体制は、その政治的な倦厭関係とは裏腹に完璧で、仮に、シンクライアントのような常時の接続通信サービスを24時間、使用し続けても、その通信速度に、全く遜色がないことが、日本IGMの技術者によって検証された。

問題は、価格であった。
GLU+江南データセンターから、魅力的な価格を引き出すことが出来るかどうか、である。

通信速度や量などのインフラ、そしてセキュリティ体制は、十分であった。これに加え、日本のデータセンターや香港・台湾などのデータセンターを遥かに下回る価格が実現できるレベルにGLU+への仕入れ条件を引き出すことに、成功できれば、あとは、バリューフェス内部の営業努力で、この商戦を勝ち抜くことができる。

GLU+も、悪化する日韓関係の中で、日本企業に同社のサービスを提供する手段に苦しんでいるはずだ、と、山之辺は読み、非常に強い価格ネゴシエーションを、朴に対して仕掛けていた。

朴は、端的に価格の呈示に入った。中心論点から、スタートするところも、朴が、非常に欧米的なビジネス感覚を持っていることの、証だ。

山之辺が要求する価格条件を全面的に呑み、バリューフェスとの提携を進める、強い決意を朴は、スタート段階で示したのだ。

日韓関係が良好であったなら、到底、このような価格は合意できなかっただろう。外部環境の逆境が、大きな突破口になったといえる。

商談の帰りの車は、GLU+の送迎をお断りし、一行は、タクシーでホテルに向かった。
ホテルに戻ると、水谷と山之辺は、二人で、ホテルのロビーで打合せを開いた。

「今後の課題は、日本企業の韓国や、韓国企業に対するイメージ問題を、どう克服するか、ですね。」

山之辺が口火を切った。

「これは、日本企業で、データーセンターユーザー企業の視察旅行を組み、LGU+江南データセンターを実際に視察させるのがいいだろうね。IT業界にいて、データセンターを知っていればいる人ほど、LGU+江南データセンターを実際に見せれば、そのすごさは伝わるよ。」

水谷は、こう応じた。

今回、GLU+側も、バリューフェスの社員が同行する視察で、視察企業参加者のパスポート確認による身元の特定と、LGU+社の社員が案内に同行すること、撮影を禁止することを条件に、地下の発電エリアを含む、全体を視察団に見せることを了解した。

あとは、バリューフェスの各営業部の営業協力と、プロモーション予算が確保できれば、集客はできると、山之辺も読んでいた。

明日、水谷は、朝の便で、東京に帰り、阿部取締役に、成果と今後のスケユールを報告する。阿部と水谷の役割は、バリューフェス役員陣の企業内政治を掻い潜りながら、バリューフェスの全営業組織に、このサービスの販売をいかに協力させるか、にある。

この点は、大井川秀樹会長に、この事業の提案を行い、大井川の鶴の一声で、全社の協力を動員することが、肝要だ。そうすることで、社長の坂田を中心とする、アンチ阿部の役員勢力の妨害で、現場が動かなくなってしまうことを封じることができる。これが、阿部と水谷の最大の役割だった。

そして、山之辺は、この企画の総仕上げを完成させ、部下を動員して、サービス設計を行い、バリューフェス全社の営業社員への情報提供と、販売支援策を実施。更に、検討企業のキーマンを率いての視察旅行などを確実に実行すること、そして、ご契約をいただく企業様へのサービス提供を確実に遂行することが任務になる。

役割分担を確認しながら、山之辺は、既にこの商戦の勝利を確信していた。

後は、動くのみ。

山之辺がバリューフェスに来て、初めての大きなプロジェクトは、大きな突破口を見出した。


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